難しき、千切り包丁さばき
家にあった大根おろしの前方に、薄くスライスできる
スライサー機能がついていることに先日気付きました。
上手にならないうちに、便利さに手を出すことに
ちょっと後ろめたい気持ちもしましたが、
千切りが苦手な私には強い味方のようにも思います。
早速それで薄くなったものを平べったく並べ、千切りにするけど
それでも私の包丁さばきでは時折やはり、いびつな形が登場してしまいます。
さっさかさ
トントトン!
そんなリズムで格好良く千切りに出来たら
ちょっと、いいのになあ。
無理にリズムを上げようとすると、はずみで
いつの間にか床に落ちていることもしばしば。
こちらは、はずみで落ちてしまった、ニンジンの角さんです。
「こう、何度もあっちゃあ、俺もたまんねえよ。
他のやつらと一緒に、お立ち台に上がりたかったって寂しさってもんは
冬にはとくと心にこたえるもんだぜ。わかるかい。
まあ、こうなったことにゃ仕方ねえ。ちょいと出掛けるか。。」
「今時分出掛けるにゃ、やっぱりここよ。雪まで降ってきやがった。
冷える訳だぜ。なあ。ふー。さむ、さむ…。」
「あら、角さんいらっしゃーい。ささ、あったかいものも今日はいっぱいあるんですよ。おあがんなさいよ。まずはー。いつものでいいかしら?」
イカの端っこママが今日もとびきりの色白肌と、ふっくら笑顔で迎えてくれます。
角さんはここの常連なのでした。
「おっ。そうしとくれ。」
他にもピーマンの端っここと、ピー乃助。
玉ねぎの端っここと、玉吉。
先に来ていたようですね。
夜はさらに深さを増していきます。
中央にいる赤いのは、、ええっと。赤いのは…。
「あんたあ、見慣れねえ顔だな。どこからおいでなすったんだい。」
初めて見る赤い端っこに皆、興味深々な様子。
「ええ。名乗る程のもんじゃござんせんがね、あたしゃ、お肉の肉蔵でござい。」
お肉を落っことしてしまうなんて、とんだ包丁にさばきにも程があると、
皆は口を揃えて同情しました。
お肉というものに皆多かれ少なかれ、主役という地位に羨望の気持ちがあった
のでしょう。それがかえって同情に、はくしゃがかかっているようです。
ピー乃助にいたっては、肉を詰めて調理される手前だったことも
あり、初めて会った気がしないのでした。
酔いが程よく周りだすと、より熱く。その主役を囲んで皆が励まし始めます。
すると いきなり、肉蔵が思いっきり身をのけぞり両手を伸ばしました。
「いえね!あたしゃ、嬉しいのよ!」
もはや端っことは思えない突然の面積力に皆パラパラと散らばりました。
びっくりしたのです。嬉しいってどういうことなんだい。
びっくりしたのです。嬉しいってどういうことなんだい。
普段は無口な玉吉も聞かずにはいられない程でした。
「冷蔵庫の中で、ちょいと仲良くなった奴がいましてね。
ハムの、ハム坊っていったっけな。
聞けば同郷というじゃないですか。俺ぁ懐かしくって。
忘れてた景色や出来事が次から次へと。
冷蔵庫から出るときにゃ、弟のようで離れがたかったんでぇ。。」
肉蔵さんはさらに大きく体を広げます。
「俺ぁそいつと約束したのよ。
また一緒に、あの故郷を見に行こうって…。
きっと会えるってね。俺ぁ…約束したのよ。」
「肉蔵さん…!」
イカのママは足を取られて一緒に表へ出れませんでした。
それぐらい、肉蔵さんの勢いはすごかったのです。
会えるったって…なぁ。。
ねぇ…。
それから、しばらくしたある日。
イカのママが買い出しに行く途中、肉蔵さんの笑い声を聞いたそうです。
あれは肉蔵さんだったわ。
隣にいたのは、ハム坊さんだったわきっと。
ハムカツにはなっていたけれど。
まちがいないわぁ、きっと。
それがしばらくママの話の十八番でした。
そりゃ本当かい、ママ。
本当よお、そりゃもう仲良さそうに語らっていたんだから。
よかったね、肉蔵さん。